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夜叉の瞳/高橋留美子

2005年10月05日
夜叉の瞳
高橋 留美子
4091277438


人魚シリーズ第3弾

●舎利姫
●夜叉の瞳
●最後の顔

↑3編収録

●舎利姫
(「人魚の傷」にも、収録されています)
徳川時代のごく初期、勇太はもとの体に戻ろうとして、人魚を探していた。
そんな時、市の見世物小屋で人魚の肉を売る老人に出会う。
その娘のなつめは、実はある僧にかつて「反魂の術」で、生き返らせてもらったのだが、生き返ってからは、犬猫や戦でたおれたものたちの生き胆を食うおそろしい少女となっていたのだった。
子どもが死んで、よみがえらせたいと願う…
多分人の親なら誰でもそうじゃないかと思う。
スチーブン・キングの「ペット・セマタリー」も同じテーマですね。
やはり、生き返った子どもは「ひと」にあらず。
命を終えたものはどんなに短い命でもそれは天寿なのだから、人の力でどうにかしようと思った時点でもう、悪魔に魂を売ったのも同然…
というかんじなのかな。
なつめのおとうの気持ち、なつめ自身の気持ち、そしてただ見ているしかなかった湧太の歯がゆい気持ち…入り乱れて切ない一作です。

●夜叉の瞳
またしても、湧太のむかしの奉公先での話。
その家にいたのは女子どもを半殺し、放火、獣のような新吾とその姉の晶子。
なんでも金の力でもみ消して、姉にかばわれて生きてきた新吾が、姉に無理心中を図られた。
そのときに飲んだ毒薬が人魚の肉だった。
姉は死に、新吾は生き残る。
しかし、姉の「人形」があることを知り、夜な夜な人形を取り返しに現れるのだが、その新吾の真意は…。

ここでも「人魚の肉」で不幸になった姉弟、そして取り巻く人たち。
誰も幸せになれないのになぜみんな人魚の肉を求めるのでしょうか。
自分の悪鬼のごとく形相を、自分で見るというのはどんな気分なのか。
なんか、ほんとに、新吾みたいな人間がいるようだから怖い。

●最後の顔どんな怪我もたちどころに治してしまう不思議な薬を持つ子ども、七生。
その家には25年前に、幼い一人息子を取り合っての刃傷沙汰が合ったと言う話。
七生につきまとう中年の男は誰なのか。
男が「おかあさん」と呼びかけた若い女は誰なのか。
湧太や真魚を殺してでも、七生を手放すまいとする女は誰なのか。
七生の決意が胸を打つ一作です。

これは、目で見る恐怖ですよ。
↓反転
自分の顔にナイフをつきたて、顔の表面をべりべりべりー~~っとはがす。
痛い!!
そして、古い顔と付けかえたり、新しい顔に戻したり。
痛くて怖い、画面で見るインパクト強し。「夜叉の瞳」の
新吾の迫る怖さといい、段々と心理的というよりも
目で見る恐怖に変わってきたような感じかな。

夜叉って言うぐらいなので?
湧太の顔も、初期のあたる風から犬夜叉風に。

それでも人は永遠の命にあこがれるのだろうか…。
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[た行のマンガ家]高橋留美子 | Comments(1) | Trackback(0)
Comment
新吾の適任
「夜叉の瞳」の新吾こそが、山寺宏一の適任です。

ついでに「人魚の傷」の真人こそが高山みなみの適任です。

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