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生徒諸君・教師遍(8)庄司陽子

2006年03月24日
4063191850生徒諸君! 教師編 8 (8)
庄司 陽子
講談社 2006-03-13

by G-Tools


前巻でのやりとりで、妊娠している中学女子遥香にたいして、ナッキーの言わんとするところが、いまひとつ無理難題に思えて納得できなかったと言うか…。
どうなるのかと思っていましたが、やっぱそうですよね。よかった…って言うのは語弊があると思うけど、どう考えてもねぇ…。
ナッキーは「命の大切さ」をきっちり受け止めて欲しかったんだよね。
このストレートさが「生徒諸君」の魅力であり、ファンが読みつづける所以でしょう。
この8巻では、そして嬉しい進展がひとつ♪
これも、待ってました♪って感じでした。その後の展開に、困難もあるのだろうけど、大丈夫でしょう!!

それにしても、やっぱし言いたい、洋服センス!
今回一番目を引いたのは第46話の扉絵ですね。
岩崎君のスタジャンの袖の模様の昇り龍はまだわかる(?)として、その胸についてるロゴか模様、コレはなんでしょうか??

服だけではない、ナッキーはこの巻で入院していますが、その病室はセレブにふさわしい豪華さなんですけど、ソファの模様もね。すごいっす。
もう、この「ツッコミ」は、やめられない。ゴメンナサイ、こんなファンで…。

406372025X生徒諸君!~教師編オフィシャルファンBOOK
庄司 陽子
講談社 2005-06-13

by G-Tools



生徒諸君!
生徒諸君!あらすじなど
生徒諸君!教師編
   同(8)
   同(9)
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[さ行のマンガ家]庄司陽子 | Comments(69) | Trackback(0)
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承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
ただ、新参者が口をはさむのもなんですが、遠峰さん話にはひとまずピリオードをうちませんか?教師編には関係ない人ですから。
Hello!初参戦です。私は生徒諸君のシリーズが本当に大好きです。いろいろと語れるブログを探していました。そして近日中の岩崎君についての表現があまりにも物凄すぎて、頭に焼き付いてしまい、それ故こちらに参加させて頂く事にしました。

ミラノサンドさんでしたっけ?岩崎君が大好きな方があえて「遠峰さんを犯した」「遠峰さんの処女を奪い、彼女の体を汚した」と書いておられるのは、それは岩崎君の遠峰さんに対する懺悔の気持を読み取られてのことですね。もちろん同時に、自分は体でナッキーを裏切ったというナッキーへの貞操意識(古い言い方?)も。
岩崎君と遠峰さんの関係は可能性として十分あり得ます。こちらの方が一生懸命納得のいく理由と経過を考えて下さって(笑)
確かに岩崎君が遠峰さんにナッキーを重ねて大切に抱いたとしても、やはり本当のナッキーでない限り彼は心も体も完全に一体にはなれず、遠峰さんへ深い傷、強い痛みを与えてしまっただろうけれど、遠峰さんの女心を考えれば、彼女は決して後悔していないと断言できます。「どうして?あたしは何も失っていない!」と発言していますから。遠峰さんにとってはその傷と痛みこそが、「岩崎君が自分を愛した」かけがえのない愛の証であり、彼女はそれなりにすばらしい初体験を迎えたと言ってもいいと思います。
そして岩崎君はきっと「俺は生涯ナッキー以外には誰も抱かない」と決意したはずです。
岩崎君の教育実習の時童貞と言ったのは生徒で、彼自身はそれについては返答していません。それから庄司さんの他の漫画の影響は、私が「戯言」として書いたのは確かにそうだけど、他の部分はあくまでも「生徒諸君!」の前作を見た上での率直な感想です。

岩崎君と遠峰さんの深い関係は間違いないでしょう。岩崎君がナッキーを「もう大人の心が、<体>が、お前を求めている」、ナッキーの自宅へ来た遠峰さんは「心と<体>のありたけで一人の男を求めてやまない」と漫画にあります。それならナッキーに拒まれた岩崎君が遠峰さんを抱くのは必至なのでは。だから沖田君に失明しかかるほど殴られ、守さんに「俺を軽蔑するよ」と言ったと思われます。

私達の想像の部分は、岩崎君が遠峰さんを抱くに至った経緯ですね。いろいろ書いたあげく出た結論は、まず岩崎君が「もう2度とナッキーには逢えない」と思ったことが前提で、岩崎君が遠峰さんを抱くのは本当ならあり得ないこと、だから遠峰さんは「ナッキー」になりきって自分から抱かれたこと、四つ葉のクローバーさんのご意見の様に、岩崎君は遠峰さんの体を「ナッキーの体」として大切に抱いたと考えられることです。

問題は、たとえそれが遠峰さんの意志だとしても、岩崎君が遠峰さんを「ナッキー」として抱いたことです(これも想像の部分ではありますが間違いないと思う)。遠峰さん自身の「心」を抱いたわけではない岩崎君の体だけの行為は、結局遠峰さんの心と体に深い傷を負わせただけであったと、同性としては断言できます。
 とにかく皆さんに言いたい。コマにのっていない内容の飛躍しすぎた想像はやめなさい!
 あの・・・ミラノサンドさんて庄司さんの他のコミック読みすぎなのでは?おっしゃる内容は他作品の展開だとすれば面白いですが、「生徒諸君!」からは外れすぎでしょう。四葉のクローバーさんもつられすぎです。
 
 教師編はともかく、学生編の岩崎君はどう見ても童貞ですよ。というか教育実習で生徒にそう言われてやりこめられてるよ。岩崎君がお好きなはずの方が、あんな面白いシーンをどうして見逃すんだろう?みなさん沖田君と岩崎君のハードな展開ばかり気にし過ぎで、それ以外のハイテンションなコメディーシーンとか見てないんじゃないの?私は岩崎君に関しては、コメディーの部分が好きなんですけど。

 とにかく、沖田ファンにこんなこと言わせるな!!
 わたしも岩崎君の名誉回復を!ミラノサンドさんの最新のご意見なら、岩崎君が遠峰さんを抱いたことも納得できる。「ナッキーを抱きたいのに抱けないので行き場を失った、岩崎君の歪んだ男性としての欲望」という表現は、いくら岩崎君が架空の人物といえど、絶対にあってはならないものでした。
 遠峰さんが完全にナッキーに成りきれば、岩崎君は「遠峰さんの体」を「ナッキーの体」として、大切に抱いてくれたであろうことを付け加えさせていただきます。故にこのセックスも形としては一応正しく成立し、遠峰さんは「体」だけなら確かに、自分が望むとおり岩崎君と結ばれたと言えるかも。
 しかし、前にも書いたように肝心の「心」が結ばれていないため、遠峰さんはいくら岩崎君に抱かれても、彼がくれたものは「強い痛み」だけであり、彼女が本当に望む「岩崎君と心も体も一つになりたい」からは程遠かったということです。
 そもそも、岩崎君が抱いたのが遠峰さん自身でなく「ナッキー」であったことが歪んでいたわけで・・・
すみませんが、今までの投稿を多少修正させて下さい。あの岩崎君なら何があろうとたとえ正気を失っていようとナッキーを押し倒すことなんてあり得ない!それならナッキーの姿に似ている遠峰さんとて押し倒すのは難しいと思いました。そして本来、岩崎君はナッキー以外の女性を絶対に抱けないはずの人。そんな彼が遠峰さんを抱くとすれば、一体どんな場合なのか。

ふと気付いたんですが、遠峰さんはわざと「ナッキーの表情」をすることがあります。だからこの場合も「ナッキーの表情」で岩崎君に「あたしを抱いて!」と言ったと思うのです。この時彼女は今までの中で最も「ナッキーになろう、遠峰を殺そう」と決意したはず。

その理由はもちろん、本物のナッキーを失い、心の死んでしまった岩崎君をバスケットボールで奮起させるため。そしてもうひとつの理由は、「岩崎君を愛しているから抱かれたい!結ばれたい!1つになりたい!」という強い思いもあっての覚悟だったと思います。

本当は、岩崎君が遠峰さんを抱いたと思うこと自体否定したいです。でも沖田君がこの2人を見つけた時、互いの腰に手を回していた動作、そして沖田君のあの怒り方からすれば、それはどうしても否めませんでした。

そして岩崎君は遠峰さんを「ナッキー」として抱いてしまった以上、やはり前に書いた表現「遠峰さんを犯した」「遠峰さんの処女を奪い、彼女の体を汚した」は、取消しできるものではないと思います。・・・そして彼にとってその出来事は今なお心に深く残る傷であること、その傷を癒せる人がナッキーであることも繰り返します。
shortさん。ごめんなさい。私が遠峰さんの名前を出したばっかりに、話題が怪しくなってしまいました。

私が本当は言いたかったのは、岩崎君は遠峰さんを不本意に抱いてしまい、その傷を今も背負っている、そのことを受け入れ、癒すことのできるナッキーなんだから、前の繰り返しになるけれど、ナッキーは岩崎君に抱かれたことを誇りに思いこそすれ、後悔したなんてこと絶対あり得ない!ということです。


 
四つ葉のクローバーさん。おっしゃるとおり、遠峰さんがいくら岩崎君をつなぎ止めたいと思っても、全日本入りのかかる矢先に子供を作るなんてまずありえませんね。

あと自分で書いておきながら、ものすごくまずかったと思うのが「半ば強引に岩崎君に押し倒され」です。実は私が想像したのは、ナッキーを失って心の死んでしまった岩崎君はある日、遠峰さんにナッキーの姿を見て・・・という、ナッキーの母親みたいな状態でした。決して四つ葉のクローバーさんのおっしゃる「ナッキーを抱きたいのに抱けないので行き場を失った、岩崎君の歪んだ男性としての欲望」のつもりではなかったんです。

でも遠峰さんに「あたしをナッキーとして抱いて!」と懇願されたかもしれませんね。ナッキーにもう2度と逢えないと思った岩崎君はつい・・・だったかも。

どちらのケースでも遠峰さんが岩崎君の行為を「痛い」と感じるのは間違いないでしょう。そして「痛いけれどあたしたちは今結ばれている。ひとつなんだ!」と自分に念押しして。
 追加。ミラノサンドさん。あなたの「戯言」こと遠峰さんの妊娠はいくらなんでもないでしょう。確かに子供を作ればこの男性が手に入る、ということは普通一般の女性なら考えるかもしれないけれど、遠峰さんはオリンピックを目指す選手だから、試合はもちろん、練習の妨げにもなるようなことは決してしないと思います。
 ミラノサンドさんも何だかお気づきのようで。岩崎君と遠峰さんの恋愛をよく考えれば、あの漫画では表現してはいけないダーティーで歪んだ部分をかなり含むと思う。
 なぜならこの時の岩崎君は「ナッキーを求める」ばかりの人だったから、相当危険な状態だったと思う。彼女が得られないため代償になった遠峰さん。確かに食事をするとかの普通のデートならいい。でもその関係がセックスに及ぶと、ご指摘どおり非常に恐ろしい面が考えられます。岩崎君は「ナッキー」を欲しいがために、別人の「遠峰さん」を抱くわけで。
 初体験の仕方もミラノサンドさんのご想像とおりと思われます。「ナッキーを抱きたいのに抱けない」ので行き場を失った、岩崎君の歪んだ男性としての欲望のため、遠峰さんはご指摘の様に「半ば強引に岩崎君に押し倒され」、「岩崎君に自分の処女を奪われて、体を汚された」のでしょう。「犯す」という言い方で正しいと思われます。
 でもそれを受け入れることで、彼女は岩崎君を自分につなぎとめることができると考えたに違いない。「遠峰さん自身」を抱いていない岩崎君の行為は、彼女には「痛い」以外の何者でもなかったはず。もちろん体だけでなく「心」にとっても。でも遠峰さんは、この痛みこそ自分と岩崎君をつなぐ「愛」だと思い、岩崎君にずっと抱かれ続けたと思います。
 
 そして岩崎君が「本来の自分」に戻ったとき、こうして遠峰さんを汚したことは、一生悔やんでも悔やみきれない思いとなって残ってしまったに違いない。
 そしてミラノサンドさんもおっしゃったとおり、数年後この岩崎君の深い傷を癒してくれたのが正真正銘のナッキー。岩崎君とて、ナッキーを抱いて初めて心も体も満たされたものと思います。
 昼間たまたま旅行社で国内旅行のパンフレットを立ち読みしました。{穂高}という文字あり!ナッキーへ伝えてあげたいな。沖田君への愛を貫くには、彼が最後まで登頂できなかった穂高の山頂へ登ってみてはどうかな?冬は無理だろうけれど。

 ↓はしばらくたってから考えます・・・
short様へもう一言。今まで岩崎君大好き!一辺倒だった私が、先程の投稿で書いた内容には、きっと衝撃を受けておられると思います。実は私自身がまだ震えています。でもある時このことを思い付き、それがどうしても自分の中で拭い去れなくなりました。普段なら絶対そんなことあり得ない人が理性を失った時に起きる悲劇・・・そんなところへ私の少し前の、四つ葉のクローバーさんの投稿を拝見して、shortさんにならお許しいただけるだろうと思い、あえて書かせて頂きました。

岩崎君が遠峰さんを犯したという書き方には語弊があるかも、ましてスポーツ選手だから、妊娠なんていくらなんでもあり得ないだろうとも思ったのですが、ジャガー横田さんの例だってあります。

あくまでも想像の世界でしかありません。でもこんなひどいことを思い付いても、私が岩崎君を好きな気持には変わりはありませんでした。これが本当なら、もちろん岩崎君は自分自身どうしようもない程大きな傷を負ってしまったわけで。でも自分が起こしたことはもう取り返しが付かないので、その後はそれを糧として、保健体育の先生として自分の生徒達(特に高校生は可能性あるだろう)には、本当に心から愛せる人でないとセックスしてはいけない!としっかりと教育をしていくものと思われます。
short様、ナッキーが「岩崎君に抱かれたことを後悔しているというご意見にははっきりと反対」と断言して下さってありがとうございます!それに今までなぜ気付かなかったのか、ナッキーは何が起こってもありのままを受け入れるというポリシーの人で、「後悔」なんて彼女に1番ふさわしくない言葉でした。

以前熱く語り合いましたね。ナッキーは岩崎君を求め自分も彼の愛に応える、最高の相思相愛状態で抱かれました。誰かさんの言葉を引っくり返せば、ナッキーが心も体も自分のすべてを捧げた人は岩崎君であり、処女を捧げたことこそ岩崎君への最大の愛の証。岩崎君との会話「今一人の女か?」「どういう意味?」からは、いやらしい表現で申し訳ありませんが、ナッキーは初めてであっても岩崎君の愛に導かれて次第に昂揚していき、性的に最高潮の状態を迎えたと思われます。彼女にとって、岩崎君とのセックスによる処女喪失は、生涯誇りに思えるすばらしい出来事であったはずです。

岩崎君に自分の処女を奪われて、体を汚された人は遠峰さん。当時岩崎君がナッキーを失って絶望し、理性を失い、自暴自棄の状態になれば、ナッキーを重ねられた遠峰さんは、半ば強引に岩崎君に押し倒され、身体を奪われたと推測します。遠峰さんは「私はこの人をとても愛している、だから何をされてもいい」と覚悟を決め、涙を呑んで岩崎君の行為とそれに伴う痛み(愛がなく一方的だから)に耐えたのでしょう。

<・・・ここからは私の「戯言」。遠峰さんは岩崎君と別れる前、彼の子供を身篭っていたんじゃないかと思います。理性のない状態の岩崎君がいつも一方的に遠峰さんを求めたら・・・その行為の前に「今日は大丈夫よ」と言われて岩崎君が鵜呑みにしたら・・・少しでも自分自身が愛されたいと子供に遠峰さんが一抹の望みを託せば・・・そして、岩崎君にやはりナッキーしか愛せないと別れを告げられた時に遠峰さんはその子を堕ろし、岩崎君も自分が中絶させたと深いトラウマを抱え込んだでしょうが・・・>

遠峰さんを犯したことは、岩崎君の心の中で絶対に癒されることのない傷として、ずっと疼き続けていると思います。教師編の8巻で「俺は自業自得だから」とナッキーに語るとき目を伏せていました。でもそんな岩崎君をナッキーは後の頁で「だから今があるの」と微笑んでいます。ナッキーは岩崎君を優しく包み込み、彼の痛みを自分も心と体で共有しようとしていますね。このような強い絆を持つ2人なのだから、ナッキーにとって岩崎君に抱かれたことはごく自然で、嬉しく誇らしいことであっても、後悔とか沖田君への罪悪感とかいうことは絶対ないはずです。この2人は8巻で運命の瞬間を迎えた真の恋人同士なのだから、将来必ず結ばれる日が来ることを私は信じています。


 今まで論じてきた、ナッキーが岩崎君に抱かれたというのは、確かに仮定であって100%断定はしきれませんね。あのシーンで裸であれば彼らの体位は間違いなくベッドシーンなんですけどね。

 でもほぼ間違いはないと思う。「天上の虹」でも服を着ている2人が「結ばれた」というシーンあり。大和和気さんのどれかの話でも確かあったような。

 あと、木村拓哉さん主演の2・3のラブストーリーでも、服を着たまま「結ばれた」展開がありました。テレビドラマの場合はお茶の間で視聴するものだから、あまりにも体格が良すぎる人が裸になるとどうしても卑猥になってしまうので、このように服を着たまま「結ばれた」とすることが結構あるそうです。

 このテレビドラマの話は岩崎君にも当てはまると思う。この人はバスケットボールで鍛えた全身筋肉質の体、非常に厚い胸板の持ち主なので、岩崎君の裸を登場させると、絵柄が生々しくなってしまうでしょう。

 そういえばこのスレッドで岩崎君の初体験の相手が遠峰さんという意見があったけど、これだって「仮定」ですね。(絶対合っているだろうけれど)。でもこの「仮定」がストーリーにとって自然な流れと特別な意味をもたらす時に「真実」に変わる!
 short様へ。私の投稿によりスレッドの最近の流れが、もしかしてあなたが目を覆いたくなってしまうようなきわどい言葉、すごい内容に向かってしまいましたことを申し訳なく思います。
 ただ、「生徒諸君!」は前のシリーズからしてかなり重厚な「愛と性」のテーマを感じさせる内容であり、各場面を眺めてみてもそれぞれ無限に「愛と性」に関わる深い意味があるんじゃないかと、裏にはこんなストーリーを秘めているんじゃないかとどこまでも勘ぐりさせる奥深さがあるんです。
 そして公式サイトでは削除されるであろう投稿こそ、私達が熱く真剣に語りたい本音の部分です。誰もが決してエッチなことを書きたいわけではなく、でも自分ならこう思うが人前では口に出すことははばかられる、その点こちらの「なれのはて」のような漫画に関する真剣なサイトなら安心して本音を書ける、という次第です。
 short様には今後とも何卒ご理解を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
 岩崎君は同じ庄司陽子さんの「沖ノ澤グラフィティ」の拓也とどうしても重なりますね。岩崎君と全く顔が一緒で、主人公を真剣に愛するもその愛が受け入れられず、自暴自棄になり悩む様子までまったくそっくりだったから。(ストーリーや漫画の空気は全然違うが)拓也に嫌悪感を感じる人は岩崎君にも感じるかもしれない。

 沖田君への罪悪感の有無を別にすれば、ナッキーは自分で岩崎君の懐に飛び込んだので「岩崎君に汚された」とは言えない。むしろ「岩崎君を誘惑した」が近いと思います。あの場面のナッキーの目を見れば、岩崎君ならずともナッキーを抱かずにはいられないでしょう。
↓ごめんなさい・・・こんなこと書いてしまったの今物凄く後悔しています。自分の仕事上でストレスがたまっていたもので・・・岩崎君や岩崎君をお好きな方に大変不快な思いをさせましたことを深くお詫びいたします。
でも私がナッキーと心も体もすべて結ばれてほしかったのが沖田君であること、沖田君と結ばれないくらいなら生涯独身を通し、なおかつ清らかなままであってほしかったこと、沖田君が亡くなったからという理由では岩崎君と結ばれてほしくないのも事実です。
しつこくてすみません。、ナッキーが沖田君のお墓参りをして不覚にも気付いたのは、本当は自分の体は沖田君のものになるべきであり、沖田君がいない今は自分の処女を守り通すことこそ沖田君への最大の愛の証であること。それなのに雰囲気に飲まれた挙句、あろうことか岩崎君に自分の処女を奪われて体を汚され、しかもその岩崎君により性的な快感を味わってしまったことは、後から思えばあまりにも生々しく、自分が物凄く不潔に感じているわけで。ナッキーの今までの人生の中で最大の後悔。
だからラストはこの2人が結ばれるなんてことはあり得ない。他漫画の結末と同じだと独自性も薄いし、前のラストと同じ結末を迎えてしまっては、わざわざ続編を作った意味はないでしょう。

(今も凄いことを書いたけれど、これも客観的な表現と思ってください。)
四つ葉のクローバーさんの文章、特に沖田君についてのコメントはまさに私が書きたかった内容です。(もちろん私もいやらしいつもりはなく、「客観的」な意見です。)
ナッキーが、自分が本当に心の底から愛しているのがどちらの男性であるか、一連のお墓のコマが明らかに印象強く語っています!彼女は今、岩崎君とセックスしたこと、その結果当然処女を失ったことを物凄く後悔し、自分は沖田君を体で裏切ったという強い罪の意識に苦しんでいるはず。
付け加えるなら、岩崎君いわく「一人の女」であったナッキー。いやらしい表現で申し訳ありませんが、それはナッキーが性的な昂揚を知ったと言う意味ですよね?これはまさに、沖田君の「清らか」と相反する。おまけに岩崎君への大胆な態度。結局ナッキーは自分で自分の体を汚してしまい、罪悪感に首をしめることになってしまったわけで。だから、少なくとも彼女は今後2度と、岩崎君の愛を体で受け入れることはないでしょう。
でも岩崎君と縁が切れるわけでもないと思います。悪たれ団ある限り、最高の親友として存在すると思うので。
ただ、私はやはりナッキーは自分の生涯の愛を沖田君にずっと捧げ続けていくと思います。たとえ報われなくても。生徒達には「人には信念という生き方がある」と話しているし、こういう究極の愛を貫く生き方があってもいいと思います。そしてそんなナッキーを後ろから見守り続けるのが岩崎君の究極の愛。ナッキーが報われない愛に生涯堪え続けるのなら、自分も同じく結ばれない愛に永遠に堪える。そして彼の人生で生涯一期一会のすばらしい思い出が、ナッキーと結ばれたことということで・・・
 ナッキーと母親の葛藤のシーンで初めて思いついたんですが、ナッキーと母親、亡きマールの関係はそっくりそのまま岩崎君とナッキー、亡き沖田君の関係にあてはまりますね。それなら今後、沖田君を失って悲しむナッキーをストーリーの中で救うのは母親かもしれませんね。確かにその時は精神を病んだけれど、結果的には今のナッキーよりずっと短期間で立ち直りました。もういないマールに対して今はどんな気持でいるのかナッキーに話してあげたらいいと思います。
 
 また、母親がマールを見つめることでナッキーが感じる孤独と、ナッキーが沖田君を想うことで岩崎君が感じる疎外感も同じですね。この点に2人が気付けば、ナッキーと岩崎君はお互いをもっと救い合うことができるはず。

 親子の葛藤を見てもうひとつ思ったことです。ナッキーが本当に救われるのは、自分が母親になる時なんじゃないかな。自分が辛い体験をしたからこそ自分の子は心の底から慈しむだろうし、マールに対する母親の気持を真の意味で理解するだろうし。でもナッキーが母親になるためには岩崎君が絶対必要なので、やっぱり沖田君のお墓の前でいつまでも留まってはいけませんね。

 それにしても、四葉のクローバーさんご指摘の「ナッキーのベッドの角度」には笑ってしまったよ!確かにそれはいかにも岩崎君を自分のベッドへ招く意思表示ですね。それから見直してもうひとつ知ったこと。鹿野さんがお見舞いにきた時のナッキーがベッドの角度をかなり起こしているのは、「私はあなたとは絶対寝ることはない!」という拒絶だと思われますが(笑)。
 それからわたしもお墓の感想を。公式サイトなら削除されるような内容かもしれないけれど、皆様にはあくまでもいやらしい意味ではなく、客観的な感想として捉えていただきたいと思います。

 華麗ではない一族さんの、ナッキーが沖田君の前でずっと「清らか」でありたいと思っているというご意見にわたしも同意。そして沖田君のお墓でナッキーは自分のすべてを沖田君に捧げた、と言いたいところですが、心はともかく彼女の体は既に沖田君から程遠いものとなっている。「沖田君を愛するナッキー」からすれば、「沖田君ではない」男性に抱かれて処女を喪失し、自分の体が既に「清らか」でなくなっていることを、沖田君に対して申し訳なく感じているのだろうと思います。
 一方ナッキーが体を捧げた男性、岩崎君。12巻では彼に抱きしめられてハッとし、それから一瞬妙な微笑を浮かべましたね。恐らく前に抱かれた時の至福を思い起こし、今も思わず一瞬「その気」を起こしそうになったんじゃないかな。「岩崎君を愛するナッキー」は、恋愛面で結構大胆なところを見せ、体で愛し合うことで愛の所在を確かめる人。(今更ですが8巻を見直して気付いたのが、「もっと」の時ナッキーのベッドの角度が次第に後ろに倒れていきます。これはどう見ても岩崎君が自分を抱きやすいようナッキーが自分で倒したとしか・・・)
 ミラノサンドさんの少し前のご意見を詳細に書くことになるけれど、結局沖田君への愛と岩崎君への愛は今は正反対の性質であり、沖田君の前で「清らか」でありたいナッキーにとっては、どうしても岩崎君とセックスしたことを沖田君に申し訳ない、具合悪いと思うのでしょう。
 でも岩崎君との間も運命の瞬間があって結ばれた真実の愛なので、岩崎君と愛し合う時に見せる表情、岩崎君にしか見せたくない顔を沖田君の前で表に出したくなかったので、あの場ではどうしても岩崎君を拒まざるを得なかったのだと思いました。
 

 お久しぶりです。

 最近おもしろい意見が続いていますが、わたしが思うのは教師編てナッキーと生徒の関わりを描くストーリーだから、ナッキーの行く末は生徒達が納得する形にならないといけないと思うんですよね。だからナッキーが死んだ沖田君へ自分の人生をあずけるって生き方は、生徒達にとっては好ましくないと思う。
 その点岩崎君は、バス事故の時に即血相を変えて駆けつけてきて、その後も毎日病院に通っているから生徒達にナッキーを心底愛している存在として幅広く受け入れられていると思う。まして3TDの3人は岩崎君がナッキーの手を動かした瞬間を見てるんだから、彼らにとってはナッキーと岩崎君の愛こそ自分達の憧れであってお手本にすべき愛だときっと信じているよね。
 もしマトリックスさんがおっしゃるような傾向になりそうだとしても、最後にはきっと生徒達がナッキーと岩崎君を絶対に結び付けようとするんじゃないかな。悪たれ団が金田夫妻の縁結びの神となったように!
マトリックスさんのご意見の様に、ナッキーが岩崎君と別れて亡くなった沖田君へ自分の身も心も捧げたら・・・彼女は岩崎君がいることで当たり前に得られるであろう普通の女性としての幸せを、全部失うわけですね。自分のパートナーとしていくら年をとっても永久に会話できる相手もなく、男性の温もりを体で感じることも出来ず、母親となる喜びも味わえない・・・厳しい修道女の人生を歩むわけですね。

果たしてそこまでして沖田君への愛を貫く意味があるのでしょうか。全ての犠牲を払っても、普通の女性としての幸福に勝る何かを得られるのであれば、沖田君へ自分の全人生を捧げてもいいかのもしれませんが。でも死んだ沖田君からは形の見えるものが与えられるわけではありません。ナッキーは「私は他の全てを失ってもいいほど沖田君を愛しているんだ。」と思うかもしれませんが、それは結局独りよがりな思いにすぎないと思うんですよね。

もっともナッキーがそんな状態になることを、岩崎君が絶対黙っているはずありません。その手前で「お前は馬鹿か!」と一喝されるだろうし、その一喝を退けるほど岩崎君を無視することなんてナッキーにはできない。沖田君自体、ナッキーが自分のために他の全てを犠牲にすることなんて全然望まないと思いますよ。

といっても庄司先生のお心次第なんですけどね・・・
 私がお墓シーンの岩崎君の態度のこと書いた結果何だか凄い方向へ話題が向かってしまったみたい。本当は自分が少し前に身内のお墓参りをしたので、自分だったらお墓の前で人を抱きしめるなんて絶対あり得ん!と思っただけなんですけれど。

 私だって今も沖田君の大ファンだし、前作のラストに不満は確かにありましたよ。でもその不満はナッキーと「生きている」沖田君が結ばれてほしかったという願望です。「死んだ」沖田君のために生涯を捧げてほしいなんて全然思いませんよ。他の沖田君ファンだってそうでしょう。前作と教師編の20年の間に彼女達だってかなり結婚しているんですから、ナッキーが沖田君への愛のために独身を貫く姿を見て嬉しいと思う人が、そんなにたくさんいるとも思えません。ナッキーはよほどのことがない限りこの先何十年も、沖田君の寿命の何倍も生き続けるんだろうから、彼女に武家の未亡人みたいな人生を送らせるのも可哀想ですよ。
12巻の読後の感想ですが、私の発想は完全に逆です。

お墓のページは少なくても妙に印象に残りました。あくまでも想像だけど、作者的には前にナッキーと岩崎君を結びつけたことが本当は不本意だったんじゃないか、だから教師編で大胆にもその設定を潰したんじゃないのかと。作者が考えるナッキーの真の運命の人は、生死に関わらず本当は沖田君。元々岩崎君よりも沖田君の方がずっとファンも多く、その人達が沖田君の死後たった2年後の婚約に不満を持っていれば、その意向もくんでナッキーと岩崎君を振り出しへ。
ナッキーは沖田君と岩崎君を同程度に愛していると言うけれど、12巻を見る限りとてもそうは見えません。鹿野さんはもちろん、沖田君にするナッキーの深い愛を再び浮かび上がらせるために用意された存在。で、岩崎君に対するナッキーの気持は愛よりも友情に見える。岩崎君とは一度ラブシーンはあったけれど、これはナッキーの腕を治すためにどうしても必要だったのでしょう。鹿野さん本体の存在を消すためでもあり。
最近数年で放送されたテレビドラマの、主人公が病死する切なく悲しいラブストーリーでは、残された恋人はその人との愛を生涯の一期一会の恋としてその後もそれを大切に生き、他の人を愛することはもうありません。12巻を見ると、この「生徒諸君!」の教師編もそういう方向へ変わっていくように感じます。ナッキーが生涯の愛を捧げる人は岩崎君ではなく沖田君ということです。
shortさんの書いておられるコメントをそっくりそのままナッキーに投げつけたいです!数年経ってもあんな様子のナッキーなら、もし沖田君を失った当時岩崎君の存在がなければ、彼女も母親と同じく正気を失ったと思うんです。それにかつて一時だけでも岩崎君を失い、孤独を味わって相当傷ついたんだから、そんな思いを2度としたくなければ、ナッキーはもっと岩崎君を大切にしてあげてほしいですね。

お墓の前の岩崎君の大胆な行動は恐らく、ナッキーと抱き合ったことからくる男性としての自信だったと思います。それなのにナッキーがあんな様子では、8巻の彼女のなまめかしい態度、つまり自分から岩崎君を求めて恋人の関係に至ったのは一体何だったの?ということにもなってしまいますよね。
 ちょっと一言。岩崎君が可哀想と言うけれど、沖田君のお墓ならその場所は沖田君のテリトリーですよ。それなら岩崎君が気を遣うべきなんじゃないですか?お墓は故人に合掌する場所であって恋人を抱きしめる場所ではありません。私は岩崎君の感覚こそ疑ってしまいます。むしろナッキーの判断は正しいと思います。

 でも泣き続けるナッキーも確かにいただけない。沖田君が愛するのはそんなナッキーじゃないと思うけどなあ。
「めぞん一刻」は高校の時友人に借りて読みました。うろ覚えですが、五代君がお墓の前で亡き惣一郎さんへ言った言葉は「あなたごとひっくるめて響子さんをもらいます」でしたよね。感動!!それに響子さんてボケキャラな分惣一郎さんを想うシーンにも嫌味がなくてよかったです。

その点今のナッキーは、生徒達に向かうストーリーは安心して見られるんだけれど、沖田君を想ってべそべそ泣き、挙句の果てに鹿野さんにぐらつく様子には全然感情移入できません。それをいえば、前作のストーリーでナッキーは教育実習直後に鎌倉へ行き、そこで「沖田君の思い出を2人で・・・」と悲しみを昇華したはずなのに、何で今更こんな展開になるの!?と腹が立ちますね。もちろん岩崎君はものすごくかわいそうだし、沖田君も何だか悪者にされてしまったみたいでかわいそうでした。

自分の1つ前の意見は実は謙虚に書いたつもりです。今書いたことが私の本音!
父親のことは、あの時結果的にナッキーを救ってくれたのでまだ多少は許せる部分があるのでは。でも教師編では父親の登場自体かなり少なくて、どうしても存在感に欠ける気がします。それから、珠里亜と彼女の父親の展開をもう少し見てみないことには判断しづらいですね。

他に印象に残ったのは沖田君のお墓のシーン。沖田君への昔から変わらぬ清らかな愛と、岩崎君への男と女としての甘美な恋心が1度にぶつかってしまい、ナッキーは相当戸惑ったでしょうね。彼女が岩崎君を拒んだことは結局両者に対して気を使ったことになるでしょう。自分と岩崎君の愛を見せるのは沖田君に申し訳ないという罪悪感はもちろん、自分と岩崎君が愛し合う姿は沖田君に見られたくないという逆の思いもあると思います。それにしても、この愛またじれったい流れになっていくのかなあ・・・
庄司先生いわく、教師編は親の心を書いた作品であるそうです。確かに今まで登場した主要生徒のストーリーではどの子も親子の葛藤の場面がありました。ナッキーがいつも生徒の親に真剣にぶつかっていくのは、自分の心に親から受けた傷があることの裏返しですね。

前作の後半ではナッキーと両親の葛藤はすっかり解決したように見えたけど、前作が掲載されていた雑誌が少女漫画なのでどうしてもすっきりときれいにまとめることを求められたからでしょう。今思えば庄司先生はそこに不満を抱いておられたのでしょうね。
 ご自身がお子様をお持ちの方が注目されるのはやはり、ナッキーとお母さんの関係ですね。

 12巻で私が目が行ったのは珠里亜の病気です。私の知人もがんと診断され、今治療を受けている最中だからです。幸い初期だったので彼女は仕事にそろそろ復帰できる見込みです。どうしても珠里亜が重なってしまうし、架空のストーリーであっても珠里亜には早く回復してほしいです。
 雑誌の最新号を立ち読みしてしまいました。13巻に入るはずですが、凄い強烈な存在感のある新しい生徒が出てきたよ。そういえば教師編でまだいじめは扱われていませんね?12巻も違うし。ということでそろそろいじめの問題が登場してもいい頃じゃないかと思っています。
short様

12巻はもうお買いになりましたか?まだだったらネタバレになるので詳細は書きませんが、ナッキーついにこんなことを言ったのか!!という内容でした。
私が大学生だった約15年前は、女子の初体験は自宅通いと下宿の人で多少違いがありましたね。ナッキーと遠峰さんの場合も同様かと。変な言い方ですが、遠峰さんは自分の行動が親の目の届かない所に住んでいます。

私も岩崎君の初体験の相手はやはり遠峰さんだと思います。きっと彼女はナッキーに拒まれた岩崎君をバスケットボールで奮起させるため、自分の体を犠牲にしたのでしょう。もちろん自分にも岩崎君にも「抱いているのはナッキー」と暗示をかけたうえで。もっとも気分的には後味の悪さだけが残ったでしょうね。そして沖田君のあの怒りも、そういうことがあっての出来事だと思います。

それに岩崎君のナッキーとのラブシーンは初体験と仮定するにはかなり落ち着きすぎかと。庄司先生の「Let`s 豪徳寺!」には登場する男性の初体験シーンがあり、もっとあたふたした様子(笑)がコミカルに描かれていました。

ラブシーン後の仲睦まじさと2人の会話「今一人の女か?」「どういう意味」から想像すると、ナッキーこそ初体験のはずなのに早くも女としての歓びを知ってしまったようで・・・(すみません、もっとぼかした表現が出てきませんでした)もちろんお互いの心からの愛情あってのものだけど、岩崎君も初体験だったらナッキーにそういう幸せな思いをもたらすのは多少難しかったんじゃないかと思いました。

 そうなんですか・・・性に対する意識が厳しかった時代ってうちの親(50台前半)くらいまでさかのぼるのかもね。
 するとナッキーが自ら積極的に岩崎君を求めた理由の1つに、とりあえずといっても岩崎君の彼女時代があった遠峰さんへの嫉妬がやはり考えられますね。自分が愛する人がたとえほんの少しの誤ちでも他の女性を抱いたことがあれば、ナッキーとてどうしても岩崎君に対して「あなたは世界中でわたしだけのものだ!」という独占欲も起こるだろうしね。
 ナッキーはともかくとして、どこかのブログで岩崎君のことを、昔遠峰さんと付き合ったので初めてではない、そして若い頃に性的に達観してしまい今は生理的欲求に乏しくお坊さんみたいに禁欲的と書いてあったのを見たことありますが・・・
 遠峰さんについて、わたしも最初ひょっとして?と思ったけど、shortさんやミラノサンドさんのご指摘のように前シリーズの頃もっと世間が性的に厳しかったのなら、その心配はないと思う。それにいくらナッキーの姿を重ねても遠峰さんのことはちゃんと「遠峰」と呼び、ナッキーとは別物と心底では区別しているし。前シリーズではナッキーとさえキスしかしてないんだから、遊び人とは1番程遠い岩崎君がナッキーに対してした以上のことをできるわけがない。
 まして、初音ちゃんの事件があって守さんの苦しみを間近に見ているから、今よりも性的に厳しい時代に女性の人生を左右するようなことをこの人が絶対するはずないでしょう。
 また、教師編で初音ちゃんいわくエロビデオがなかったので、確かに一般の人と比べそっちの方向の興味は全然ないかと(笑)。でも別に禁欲的というのではなく、自分にはナッキーただ一人しかいないというだけでしょう。ナッキーを抱けば彼の男性としての生理的欲求は完全に満たされるので・・・すみません、品に欠ける書き方で。
 とにかく、そちらのブログの方は彼らが結ばれたことをまだお気づきでないんでしょう。というわけでわたしは岩崎君も恐らく初めてであったろうと推測します。

 ただ、学校で保健の授業をしていれば違う意味で知識はあるかも(笑)。わたしの勝手な思い込みかもしれないけれど、最近の実在の学生はどうも性体験の時期の早さや交渉人数の多さを競う風潮がありそうだし、相当性に対する意識が乱れているように感じます。こういう学生達へ、1度岩崎君に思い切り一喝してほしいですね!
 前にナッキーに対する要望で少女の様に清らかでいてほしいと書いたけれど、教師として生徒達の悲しみ・憎しみに日頃立ち会っていてナッキーの年月もどんどん動きがある以上、やはり無理のある話かもね。恋愛面では岩崎君に前作には絶対にあり得ない女の目を見せているし、ミラノサンドさん考察の嫉妬説も一理あるかもしれません。

 せめて沖田君を思い出す時は前と変わらぬナッキーであってほしい。最近もう一度このシーンを沖田君に置き換えて考えてみました。絶対沖田君だって岩崎君と同じく、ナッキーの手を復活できる!ただ、その方法はナッキーの左手にカラビナを握らせて感覚を取り戻すことだと思いつきました。その後は、沖田君は岩崎君と違い愛をこめてナッキーを抱きしめているシーンが今までないので、初めてそういう場面が登場しそう。多分ナッキーは起き上がるだろうけど。キスはきっと唇を重ねるだけ。というか、全体的に前作ラストの岩崎君とのシーンと同レベルくらいかなと思います。
四つ葉のクローバーさん的な見方で例のラブシーンをもう一度読み直してみた結果、ナッキーの愛を求める視点で思い切り単純なことを見逃していました。

ナッキーが岩崎君を求めた理由はずばり岩崎君に触れたいということ!感覚の戻った左手を彼に伸ばし、これは少し無理がありましたけどね。その後岩崎君に右手を伸ばしたナッキーが強い目で彼を求めたのは、岩崎君の存在を直接触れて最大限に確かめたい、岩崎君のすべてがほしいという心からの真剣な求愛ですね。

新しく気付いたのは、その前頁で岩崎君が「辛い思いをさせて」と言った時ナッキーが「ううん」と言いながら何か考えたかに見えたこと。辛い思いとは当然岩崎君と遠峰さんと偽りの恋愛によって、自分の気持に気付かぬまま本当は岩崎君を愛していたナッキーが傷ついたことですが、今の彼女は岩崎君と抱き合うことで、その時自分の中にできた空洞を埋めようとしたとも思います。

それからこれはかなりひねくれた見方で、四つ葉のクローバーさんのお考えとは程遠くなってしまいますが、女同士の感情としてナッキーの胸に、当時の遠峰さんに対する嫉妬心がふとよぎった可能性も考えられなくもないかも。そして岩崎君がナッキーを抱いたのは彼女に対する愛の証ということも・・・
四葉のクローバーさん♪
鹿野の出現、頭にきましたよね!うんうんわかるぅ~!!
でも、マンガを捨てようなんて、そこまで思いつめていらっしゃったのですね(笑)
よかったぁ。捨てられなくて!(笑)

髪型などの雰囲気が似ていると言うのは大いにうなづいてしまいました。
たしかに、舞ちゃんと田村君もそうだけど、ナッキーと岩崎君は似てる!
初音ちゃんと守サンもちょっと似たように思えてきました(笑)
似たもの夫婦って本当ですね!
 私こそありがとうございました!ミラノサンドさんのご意見も参考になるところが多々ありました。この2人が結ばれて教師編をやっと安心して読めるようになりました。
 実は最初鹿野さん登場の頃腹が立ってこの漫画捨ててやろう、私の生徒諸君は大学卒業で終わりにしようなんて思ってたんです。前半は絵もきつかったし。でも食らい付いて良かった!

 ところで、ナッキーと岩崎君てほとんど髪の毛のはねる位置、向きが同じなんだよね。私はこの2人の2ショットが本当にバランスよくて似合っていると思うんだけど、もしかして髪の毛のせい?似た者同士ということになるのかな?そう思って見直すと、長さは違うけれど舞ちゃんと田村君の面白コンビにも当てはまってます!確かに実在の人間のカップルでも、外観的に納得のいく人同士が結ばれることが多いわけで。
皆さんのご意見を伺ってずいぶん自分の中でも意見がまとまってきました。それはきっとみなさんも同じだと思います。よかったね♪充実したスレッドになりました。お礼申し上げます<m(__)m>

実は「レッツ豪徳寺」未読のわたしです^^;

四葉のクローバーさんのコメントで、目から鱗が落ちました!確かにナッキーの元々からの純粋さは年が経ったからといって変わるものではないはずですね。込み入った理屈など何も考えず、ただ、ナッキーと岩崎君がお互いに「愛して愛されている」というごくシンプルな理由だけがあればいいということです。

私は他の庄司陽子さんの漫画で、リアルタイムで読んだ「Let'S豪徳寺」とか「天下御免!」とか、登場する女性が性的にとっても積極的(?)な御仁が多いものに惑わされていたかも(笑)。
>華麗ではない一族さん、こんにちは。お返事が遅れてしまってごめんなさい!
四葉のクローバーさんのご意見のお陰で、視点が開けたような気がしますよね。
やはり、大勢の目で物事を捉えるというのは大事なことなんだなぁとしみじみ、思いましたよ。
コマの上に描かれた部分だけを額面どおりに受け取ることが、間抜けな読み方になってしまうのかもしれないと、今回私もとっても勉強になりました。
とりあえず、25歳になるまで処女を守り通して着たナッキー。いまどきの普通の女の子なら「はやくロストバージンしたい」と思うのかもしれませんが、ナッキーにはあてはまりませんよね!そして、これは本当に大事な相手に・・・と思うのも当然で、華麗ではない一族さんのご意見もやはりうんうんとうなづかされてしまうのです。
>四葉のクローバーさん、いらっしゃいませ!コメントくださってありがとうございます。お返事が遅れてしまって申し訳ありません。
いつもこのスレッドを見守っててくださったようで嬉しいです!そして今回は貴重なご意見ありがとうございます!
たしかにナッキーは愛を乞うだけではなく与える人でしたよね!そのことをついつい論点からはずしてしまっていました。でも決して忘れていたわけでは無いんですが、今回はなんだかナッキーの「女」である点に焦点が当たり、どうしても「愛を乞う」部分がクローズアップされてしまったと思います。
でも、たしかにナッキーは大きな愛を持っていて友達にも生徒にもおしみなく与える人であるということをもっと前面に出すべきですね。こんなにも大きな心で人を愛する事ができる人はそんなに多くないですから。
正直に申し上げると、わたしはこのコメントを下さった皆さんのように深読みする事ができなくて、まさに額面どおりに受け取っていたので、ナッキーと岩崎君はまだ結ばれていないのかと思っていたのです。お恥ずかしいしだいです。
でも、四葉のクローバーさんもおっしゃっているように、随所に「それらしき」部分がちゃんと描かれてて、庄司先生は「みなまで言わずとも分かってちょうだいね」という描き方をされてるんだな~・・・そして、読者の皆さんはちゃんとその行間にあるメッセージを受け取っていらっしゃったんだなぁと感心しています。というか、みなさんの「諸君!」への深い愛に脱帽しています。
これからも、生徒諸君!見守ってゆきましょうね♪
今後ともよろしくお願いします!
 新説だあ!四つ葉のクローバーさんのお考えなら、あの時のナッキーの目は真摯な強い愛情を岩崎君に訴えかけているわけですね。それなら私もすごく納得。

 もちろんミラノサンドさんの考察も理解できる。でも私たちの愛する前作の清らかなナッキーなら、初めて男性を体で求める時もその人を真摯な強い目で見つめると思うんですよね。この方が前作と教師編の人物設定もちゃんとつながるし。

 それに沖田君だけじゃなく岩崎君だって愛するのは、成熟した女として変貌したナッキーではなくて、少女の様に清らかなナッキーだと思うんだよなあ。ましてこの時岩崎君が抱くのは処女の彼女なんだから。

 まあ、あの頁の上段の絵の書かれていない続き(それらしき絵が前に登場してますがほんの一部分だろうし)、岩崎君と愛し合っている間のナッキーの様子なんて誰にも分かりません。岩崎君ただ一人を除けば(笑)。ただ、その後の2人の表情が充実した微笑を浮かべているので、とても幸せな時間を共有していたことは間違いなさそうですね。
 はじめまして。よろしくお願いします。みなさんやはりドラマ化でこの漫画に目が向きだした方ですか?
 ここ最近の意見がおもしろくてしばらく覗かせてもらったけれど、みなさん1つ視点が抜け落ちてます。ナッキーのことを愛を求める人と書いてあるけど、愛を与える人でもあることを。思い出してみて、昔の生徒諸君を。確かに沖田君とも美しい純愛だったけれど、岩崎君との間も美しい純愛でしたよ。わたしはこの8巻だってその延長線上にあると思うよ。
 みなさんが驚いているらしい「もっと」のナッキーの目だけど、わたしは岩崎君への強い嘆願だと思います。場所が病院なのでどう考えても愛を語らう場所じゃないのに、ああまでして抱いてほしいと願うのって、よほど岩崎君を愛しているんだなあって。ん?あの検査用ガウンそういう時はとても簡単に脱げる服だよ!(笑)
 もちろんそんな気持がわいたのは岩崎君が手を動かしてくれたからで、大きな愛を感じたからということは言うまでもないけれど、それまでだってケガの時毎日病院に通い、西臣さんのことで悩んでいた時もわざわざかけつけてきて癒してくれた、これでナッキーの岩崎君への愛情が深まらない方がおかしいです。
 そういう岩崎君の愛に対してどうすれば1番報いることができるのか、自分の最高の愛を伝えることができるのか、ナッキーが出したその結論が処女の自分自身を岩崎君にあげることだったと思います。そして岩崎君もその気持を汲んでくれてベッドから離れるときに額にキスしたわけで。
 ところで珠里亜と西臣さんの話の頃何となくうつろだったナッキーの表情が、その後特に10巻とか11巻で生き生きと明るくなりました。もちろん手が動くようになったからですが、自分の愛が充実したのもきっとある!

(でもわたしはナッキーのロストバージンのこと途中まではわかりませんでした。戸田先生に子供のことを言われた時、前に珠里亜のへその緒の話で母親と話していた時ピンと来ていなかったのに今度はぽっと赤面したので、思い当たる行動があったんだなとはじめて確信しました。)
 
華麗なる一族さん、いらっしゃいませ。
ミラノサンドさんの考察はかなり深く参考になる事が多いと思いますよ♪

虐待された子どもと言ってもナッキーは一般の被虐待児とは同じように語れないと思うのですが、やはりそのことが友達や恋人、愛情を普通の人間よりも強く求める傾向にあることは間違いないですね。
思うに、ナッキーを育てたおじいちゃんおばあちゃんはすごくきちんとナッキーを育ててくれたので、大金持ちの娘でありながら経済観念もわりと庶民的(あの豪華な??洋服などは親が勝手に買うのだと思います)でしょ。愛情の持ち方もきっと同じだと思います。

庄司さんのほかのマンガ、昔の少女マンガは結構ナッキータイプが多いですけど、最近のはあんまり読んでないので分からないけど、女っぽいのが多いんですね。「聖域」など読むとマンガのタイプ自体が全然違いますもんね~~。心配されるお気持ちも分かるような気がします。
 納得のいくコメントありがとうございます!なるほど、両親から離された事が相当大きそう。岩崎君はナッキーにとって最も心からの大きな愛を確信できる存在だから、自然にあういう態度になったのか・・・庄司陽子さんの他の漫画では、主人公の女性がかなり女度が高い人が多く、ナッキーを抱く男性が岩崎君ただ一人とはいえ、妙な方向へ向かったらやだなーなんて実は心配したので(笑)。

 shortさん。私は雑誌であの後の展開を読みました。お楽しみのためにストーリーは明かしません。相当大きな衝撃を感じる内容だということだけ予告しておきます。
ミラノサンドさんおはようございます。
物凄く深い洞察恐れ入ります。
まったくその通りだと感じました。
「贖罪」→「愛を求める気持がかなり強い」「岩崎君を強く求める」「他の先生にはあり得ないレベルで生徒達を愛し、彼らを強い姿勢で守るべく奔走」
「全く別人の鹿野さんにぐらついたことのうしろめたさ」→「抱き合うことによって岩崎君に伝えようとした」
このあたりは作者の庄司先生にお聞きしたいぐらいです。
多分「そのとおりです!」とおっしゃいそうです!
私が「魔性」と書いたことで、華麗ではない一族さんにもしかして不快な思いをさせてしまったようですね。確かに「魔性」と言ったら淫乱な人みたい(笑)。ナッキー、いろんな男性と遊べるような人ではないからね。

あの時の姿は、岩崎君ただ1人に向けられたナッキーからすればごく自然な求愛の姿でしょう。自分では普段の姿とあまりにも違うことに気付いていなさそうだけど。とにかくこの時のナッキーは、心で体で岩崎君を深く恋慕う女としか言いようがないんです。そして、恋が彼女にその瞬間驚くべき変貌を遂げさせたとしか言いようがないですね・・・

shortさんが書いておられる贖罪という言葉から思いつきましたが、ナッキーは両親から突き放されたせいか、彼女の心の中は、普通の人に比べて愛を求める気持がかなり強いんじゃないかと思います。その深層心理が恋愛面に作用した時、自分から岩崎君を強く求める行動を取らせたのでしょう。

同時に、そういう人だからこそナッキーは他の先生にはあり得ないレベルで生徒達を愛し、彼らを強い姿勢で守るべく奔走し続けるんですね。

もう一つ考えたこと。ナッキーは沖田君と顔が似ているだけで全く別人の鹿野さんに、いくら一時的といえどぐらついてしまいました。しかも鹿野さんを愛してない・・・岩崎君へ後ろめたさを感じた彼女は、自分が本当に心から愛している人は誰かということを、抱き合うことによって岩崎君に伝えようとしたのではないでしょうか。
華麗ではない一族さん♪
確認しました。9巻の「前号あらすじ」、確かにそのように書かれてて、それからすると決定的みたいですね!
わたしは「生徒諸君!」は第一部が一番好きだったので、あんまり大人に成長して本当の恋愛で悩むみんなを見るのがイヤだと感じた時期もありましたので、お気持ちは察せられるつもりです。
沖田君にこそわたしは清らかでいて欲しい(?)感じがしてだから、Loveシーンは見たくないかなと思います。
その点岩崎君は結構生身の男として、以前から受け入れられる存在なので、オッケーデスね。
明日からドラマですね。
見るか見ないか分からないけど・・・。内山さん、頑張ってもらわないと!ですよね!(笑)
ミラノサンドさん♪
わたしが書いた言葉「抱いて欲しい」「あなたと体もひとつになりたい」「心だけじゃなく体も結ばれたい」は、「キモチ」です。多分言葉には出さなかっただろうと思います。そして、言葉に出さずとも岩崎君に伝わったんだなぁって思います。

お母さんの贖罪の物語と言う点で、12巻がすごく待ち遠しいです。


 私は沖田君とナッキーが結ばれてほしかったので、8巻は刺激が強すぎて、正直言って、見てはいけないものを見てしまった気がした。次の巻の前号のストーリー解説「抱き合い、互いの愛を確認しあった2人」という表現を見て、ああ決定的なんだとへこんでしまいました。今は平気だけど(笑)
 実は、この構図自分の頭の中で何とか沖田君に置き換えようとしたの。でも無理だった。私達が愛する沖田君とナッキーって永遠に昔の姿のままなんだと思う。で、古き良き時代のナッキーは、ミラノサンドさんの言う魔性の女性とは最もかけ離れた、いつまでも清らかな存在であるはず。
 逆にいえば、恋愛における心以外のもうひとつの面で、ナッキーが本当に愛し求めているのは岩崎君なのでしょう。やはり沖田君の存在は、永遠に心に深く残る美しい思い出としておくことが正解のようです。
 
 何だかんだ言ってもナッキーと生徒達のやり取りを楽しみに見ている私です。
お母さんの贖罪の気持ち・・・確かにとても大きいですよね。お母さんは岩崎君の訪れをいつも大歓迎しています。公認は手術当日、ナッキーの体の傷のことを岩崎君に話したことで既にOKなのでは。逆にナッキーにも岩崎君が言ったことを話してますし。自分は娘を突き放して不幸にしてしまったので、娘を心から理解して愛してくれる人の存在を親として求める気持が、人一倍強いんでしょうね。

「出来るなら・・・」の続き、shortさんが書いておられる言葉を本当にナッキーは岩崎君に話しているかもしれないし、話していないかもしれない。でも話していないとしても次のコマで「ナッキー!」と喜びの声を発した岩崎君には、彼女が言いたいことがちゃんと伝わっています。136頁の2人が想像で抱き合っている絵、彼らの愛の温かさと幸せが本当に伝わってきて大好きです!
ミラノサンドさん!
わたしも見ましたよ!8巻の134ページの下のコマ!
たしかに、この1コマは重要な意味のあるコマだと思いますね。
そして次のページの「できる事なら・・」の言葉のあとには「抱いて欲しい」「あなたと体もひとつになりたい」「心だけじゃなく体も結ばれたい」とかなんとか、と来るわけですね。。。!
このときはナッキーは自分の意思を伝えて、その後ナッキーのお母さん公認で・・・となるのでようか。
おかあさん、わざと席をはずしますからこれは「どうかごゆっくり、お邪魔しませんからご安心を」と言う意味なのかな。
お母さんは、ナッキーを捨てたと言う贖罪の気持ちから、ナッキーのこう言うことにはかなり寛大にならざるを得ないわけですよね。
わたしも色々想像力が働いてきましたよ♪


それと、婚約自体がなかったことのミラノサンドさんの考察、『前作の頃の、当時の大学生の性に対する意識は私には分からないけれど、少なくとも今よりはもっと厳しいんじゃないかと推測します。恐らく前作のナッキーも岩崎君も、男女の婚前交渉はいけないという通説(?)の時代に育ってきた人間。だからキス後いきなり結婚の約束へつながったのだと思う。』の部分、かなり当たってると思います!
今の世の中で、あのころの恋愛間を保っている恋人たちはいないと思います。その点、時代を超えた続編の製作は無理があると思いますね~・・・。
でも、愛する生徒諸君!見守っていたいです♪
鹿野さんを「抱きしめたい人ではない」と突き放し、抱きしめたいのは生徒達と岩崎君と思ったナッキー。恐らく生徒達の場合は起き上がって彼らの首に自分の手を廻すという形になるだろうけれど、最初の予定(?)では岩崎君についても同じ形だったんでしょうね。いや、生徒にしても岩崎君にしてもどんな形で抱きしめるなんて別に考えはしませんね。

それがどうしていつの間にあんなに積極的に「抱かれたい」になってしまったのか?どこからあんな魔性の姿を突然生み出したのか?と不思議に思っていました。

やっぱりその瞬間がありました!134頁の下段の絵、2人はストップモーションがかけられたみたいに静止してお互いを見つめ合っています。その背景は・・・これなんですね!2人の中から熱い電流が飛び散り、この一瞬に彼らは何か強い運命的なものを感じています。前に西臣さんの場面で、ナッキーが木下君に人を好きになることを「心が呼ぶ」と言いましたが、今正に2人の心は瞬間的に呼び合いました!

その直後からナッキーの動作が岩崎君を求めるものに変わりました。その瞬間があったからこそナッキーは魔性の女となり、そんなナッキーを岩崎君は抱いた。これらの出来事すべては、彼らがこうして結ばれる運命であったことを物語っていると思います。
自分が今まで書いてきた流れから思ったんですが、前作で結婚を約束したはずのナッキーと岩崎君が、教師編で婚約自体なかったことになっている理由はもしかして、性と結婚に対する意識の時代的な違いでしょうか。

前作の頃の、当時の大学生の性に対する意識は私には分からないけれど、少なくとも今よりはもっと厳しいんじゃないかと推測します。恐らく前作のナッキーも岩崎君も、男女の婚前交渉はいけないという通説(?)の時代に育ってきた人間。だからキス後いきなり結婚の約束へつながったのだと思う。田村君と舞ちゃんに至っては、プロポーズが先でその次がキス、今ならとても順序的にあり得ない・・・

ところが教師編、いくら同じ登場人物であってもナッキーや岩崎君を今の20代の人間という設定に変える以上、彼らの恋愛や性に対する意識もある程度、今のそれに合わせないといけなくなります。お見合いなら別でしょうが、今の恋愛はその当然の流れとして性交渉に進み、それから結婚に至るというのが普通だと思います。

だから教師編の始まった頃のナッキーと岩崎君、心理的にお互いを想う気持ちは前からあってもまだ男と女の仲ではないので、ナッキーいわく岩崎君について「友達以上の友達」「大親友」という表現になるのでしょう。

そしてこの8巻でひとつの過程を経た2人、その後ナッキーの岩崎君に対する表現が「恋人」に変わりましたね。今の時代「恋人」という言葉はどうしても、既に性的な関係を持つ男性と女性を指しますしね。

前作と教師編を続けて見る時、前作のナッキーと岩崎君の婚約に関する頁は、しばらく触れないでそっとしておきましょう。きっと後になって生きてくると思いますから。個人的な予想では、木下君がバスケで旅立つ時、それはナッキーと岩崎君の夢が1つになる時なのでこの時に彼らは結婚する、彼らの披露宴に青木君がパティシエとして腕をふるってくれるのではないかと思います。
>ミラノサンドさん
ああそうか、遠距離にこれ以上耐えられないという寂しさだったんですね。
そういわれれば納得できますね。
ミラノサンドさんの考察は素晴らしいですね。庄司先生にこのブログを見ていただいて(と言う発想がずうずうしすぎるのですが(笑))ミラノサンドさんの考察を読んでいただき、真実のほどは?とお伺いしたいぐらいですが、やっぱり庄司先生は「ご想像におまかせします」とおっしゃいそう。

ところで、ナッキーを含め岩崎君の誕生日も(遠峰さんの台詞まで覚えてらっしゃるとは!!!)プロフィールがありますよ。
ナッキーは6月3日生まれ0型、岩崎君はおっしゃるとおり3月25日これまたO型、沖田君は10月26日生まれB型、などです。さすがに何年生まれかは書いてないですけど!(笑)
「寂しい」というのは単純に遠距離のことと思っていいのでは?心だけでなく体で愛し合ってしまったから、より東京と京都に別れる瞬間が切なくなると解釈しましたが。

愛の行為(言い方ちょっとエッチ?)の後ナッキー、それまでの魔性とうって変わって、今度は可愛い少女になってしまいました。自分を初めて抱いた岩崎君にキュートに甘えてる感じ。逆に岩崎君は終始落ち着いて、見事な大人の男性としての佇まいを見せてます。これでは別れも当然つらくなる。前作で「ナッキー!」「チビ!」と呼び合ってた彼ら。まさかこんな方向に向かうとは完全に予想外。

ナッキーの額に口づけする岩崎君。実はこれと同じ絵を後ろの宣伝最終頁でもっとリアルなものを見つけました。1年前の期間限定待ち受けだったんですね。残念・・・(右頁の漫画は無視!(笑))とにかくこの岩崎君の表情、優しく微笑んでとてもいい顔してるんですよね。処女を自分にくれたナッキーに対して、ものすごく温かい愛情と敬意を払っていることが伝わってきます。ところでこの時春休み。意識してないだろうけれど岩崎君のお誕生日は3月25日(遠峰さん談)。時期的に同じなので、岩崎君には人生最高のプレゼントですね。

結局この辺のシーンは、庄司先生が読者の想像に委ねることを主眼にしていると思うんです。前作から読んでいる読者が多く、年齢もそれなりになっていますから。私は2人が本当に結ばれたと考える方が、彼らの表情や行動に照らし合わせて自然に理にかなっていると思います。

岩崎君大ファンの私にとって、この8巻(途中から)は前作と教師編通算して1番大好きな巻になりました!
ミラノサンドさんは、実習中の生徒側の年代なのですね!^^
同年代の人が登場するとより、物語が身近になりますよね。

わたしもミラノサンドさんにすっかり「洗脳」?(笑)されたようで、そう言われてからあの場面を見返したら、そうとしか思えないようになって来ましたよ!
岩崎君だっていい年だしいつまでも待ってられませんもんね。怪我があるのでこのときは強引に致すつもりは無かったと思いますが、ナッキーが致したくなったのですね!(すっかりその気)
思えばそれまでも、男岩崎、よく我慢した!!男らしいですね。女性にとっては理想的ですね~。すばらしい。若いのに・・・(笑)

でも、別れの「寂しい」と言うのはどう言うキモチだと思われますか?体が結ばれても、思ったよりも密接感が無かったのでしょうか?
しかし、この8巻を一番最初に読まれたのはちょっとショックだったでしょうねぇ。
ちょうど、11巻がまた気になる終わり方ですので12巻が楽しみなんです。
どうなるんだろう?


shortさん。私は前作は、連載されている途中に近所の人から借りて存在を知りました。阪東君のストーリー以降からリアルタイムです。私の年齢も当事の阪東君や敦子ちゃんと同世代になると思います。

昨日の話題に戻しますが、ナッキーが手が動くようになったシーンの最後で岩崎君を抱きしめている想像絵、これも服は着ていますがどう見てもそれを予兆させる体勢だし、何ヶ月も動かなかった手に愛する人が触れて動き出したとなればやはり、ナッキーの岩崎君への愛が深まるのも当然だと思うんです。

私がナッキーに魔性を感じた151頁の中段の彼女の目、それは次頁で唇を重ねた後再度岩崎君と見つめあう時、一転して甘えるような目に変わっています。この時軽く口を開いているので、何か言葉を発しているとすれば「抱いて」以外に想像がつかないんです。起き上がる時岩崎君がナッキーの額へキスしたことといい、その後2人のいつまでも離れらない様子といい、自分が昨日書いたことに洗脳されてしまったみたいだけど、やっぱり彼らはそういう仲になったんじゃないかなと思います。

私が教師編の存在を知ったのは、実はこの8巻です。某開業医に置いてありました。悪たれ団のナッキーとチビの友情、若々しく爽やかな純愛カップルのイメージを抱いていた私は、この巻のナッキーを見て最初ガーンという思いでした。とっさにこのナッキーって既に処女じゃないなと思ってしまった。実際は処女だったので、女の本能としか言いようがないですよね。あるいは岩崎君の愛の力?・・・その後1巻から買い集め、昨日書いたようにその展開に涙するまでに至ったわけです。

こんな話ばかり書いてすみません。これからは他の思い入れのある場面や、生徒達についてもふれていきますので、どうかお許しを!
ミラノサンドさん、深い考察恐れ入りました!!
そういわれてみれば!!という感じでわたしもいま、教師編を見直してきましたよ!!
とくに新幹線の時間系列での推理などは深く頷かされるものがありました。
ナッキー、この教師編の冒頭でたからかにバージン宣言していますよね。
という事はついにこのとき?ということですか。だからこそ、余計に「寂しい」という感じが出たんでしょうか。
そうかもしれません。
いちいち顔を赤らめて岩崎の事を語ったり、冷やかされるナッキーは可愛いですね。。。
沖田君との恋愛ですが、なにもしない言わば「清らかな関係」だからこそ、ナッキーの胸にあれほど深く刻み込まれた存在となったと思うのです。
ふたりにはプラトニックが似合うと思います。

ミラノサンドさんはナッキーよりも妹分?
わたしは多分完全に同世代だったと思うんです。単行本で読んでいたので、ちょっと自信がありませんが。
連載が始まったのが1977年、初回はナッキー中学2年生。ということは・・・逆算すれば、ほんとにわたしとは同世代ですね。
この物語をリアルタイムで読むのと読まないのとはずいぶん印象が違うと思います。
わたしはリアルタイムで読めてラッキーでしたわ(*^_^*)


2つ前の自分の意見、多少訂正・・・もしかするとくらいの感想なんですが、岩崎君とナッキー、本当に男と女として深く結ばれた可能性もあると思う。岩崎君、何年もの長い間ナッキーを愛し続けてきたんだし、普段は京都住まいでナッキーとは遠距離恋愛なんだし。そこへ何だか魔性を感じさせるナッキーのあの媚態、あんな風にナッキーの方から愛を求めてきたら、岩崎君としてはキスだけで終わるものかなあ?と疑問が湧いてきて。

実は時間の経過を考えて、そんな考えに至ったんです。2人きりになったのは日没頃。岩崎君が帰りに乗っている新幹線は誰も他の客がいなくてどう見ても終電。その間数時間・・・服は着直せるし、必ずしも全部脱がなくてもいいだろうし。確かに手術直後ではあるけれど、彼はナッキーの左手に再び命を吹き込んでくれた人。優しくいたわってくれるだろうし。

10巻で他校の先生に「恋人です」と爽やかに断言、最新の11巻では戸田先生に言われた言葉に顔を赤らめるナッキー、なんだかこの辺が今までと違うんじゃないかなと思った理由です。それに手術の時母親が岩崎君にナッキーの体の傷のことを離していたけれど、普通女性の体のことを男性に話すなんて、相当親密な人でない限りあり得ないでしょう。こんなところも多少伏線になっているんじゃないかなと思ったりして。あるいは、庄司先生的には「ご想像にお任せします」なのかも。

その点青春編の最後の巻、岩崎君の部屋の夕陽の下のキス、ナッキーは涙を流していたし本当に純愛でかわいかったよねえ。その2人が時を経て大人になったなあと思うと、何だか感慨深いものがあります。でも今から思えば、こっちのキスシーンこそ、沖田君にあげたらよかったのになあ。

(はっきり言ってオバサン的興味本位な書き方ですねえ。だって連載当時私よりお姉さんだったナッキーなのに、今じゃ10歳以上も年下になってしまったんだもの。でもこの掲示板を覗いておられる方、皆さん私と同年代くらいですよね。)
ちょっとだけ追加ー。

ナッキーの妄想になってしまうだろうけれど、ナッキーと沖田君、例えば穂高の夕焼を背景にして、唇を軽く重ねるだけの美しいキスシーンなら見たい気がします。教師編でいつまでも彼女がめそめそしてるのは、沖田君との愛を貫いたという実感が全然ないからでしょう。
8巻のラブシーン、さすがに病院で手術直後だし服の様子も変わらないので実際に2人が深く結ばれたわけではないだろうけれど、岩崎君を前から応援し続けていて、鹿野さん登場のあたりの展開に唖然としていた私には、涙が出るほど嬉しかったです。この2人、やっと精神的にはそういう深い関係になれたんだなあって。

ナッキーの様子・表情が普段とあまりにも違いすぎる!自分から「もっと(顔よせて)」なんて3回も言うし、目が異様にセクシーに煌いてたし。3回描かれたキスもそれぞれ唇の重ね方が異なり、3回目はなかなか濃厚。ちなみに前作のキスシーンはロマンチックで可愛らしいものだったので、この漫画としては少し意外な気がしました。岩崎君を男として求め、愛し合って「一人の女」になる時のナッキーは何だか魔性になる傾向がある気がします。そして他の誰にも知れることのないナッキーのこういう部分をただ一人独占する岩崎君、男としてとても嬉しいだろうし報われましたね。

ちなみに沖田君とのこういうラブシーンってどうしても想像つきません。沖田君照れ屋だし。それにこの漫画におけるナッキーと沖田君の流れは、1つの美しく切なく悲しいラブストーリーなので、ナッキーにもきれいなままあってほしい、岩崎君の前で見せた媚びを含む女としての姿は、沖田君にはふさわしくない気がします。
mocoりん♪
いつもチェックしてくれてありがとう~~。最近は方向性が変わってきて、足を遠のかせているのではないでしょうか…(笑)

さて!!諸君♪今回は「やっとですか!!」みたいな。もう、待ってたのよ、遅かったじゃないの!と、言いたいぐらいでしたが、よかったよかった♪だよね。

ツッコミする気持ちもなくなった、というのは分かるよ。「慣れ」ですよ。「慣れ」。慣れてしまうのよね~~。
ま、でもわたしは懲りずにそう言う目で見つめつづけるわ。使命感を感じてるの(爆)
巻末に例の作品のCM載っていたね。連載で読んでるのかな?面白い??
妹が多分、コミックスを買うと思うよ。読むのが楽しみ♪(やっぱ、読みたいよね…!)
見落としてた~!
ねぇさま、こんばんは。
久々にコチラに書き込めるわ。…ねぇさまの記事、いつもちゃんとチェックしてるのに、なぜかこれだけチェック漏れしておりました。
うひゃひゃ。相変わらずのツッコミ、いいですなぁ。あたしゃもうあのセンスには何も感じなくなった(笑)。逆に言えば、こっちのほうがアブナイよね(爆)。
でも「モーニング」連載中の例のアレはテーマがテーマなだけに、服もわりと地味なんだよ…。うーん。
「うれしい進展」はホントにうれしかった~。なんだか昔に戻ったみたい。ま、そうはいってもまだまだ紆余曲折はあるんだろうけどね。なんといってもあのひとたちですから。

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