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ヴェネチア風琴/森川久美

2006年06月29日
ヴェネチア風琴  1978年1月発行

venice

収録作品…掲載号

君よ知るや南の国…1977年『ララ』10、12月号
思ひ出…1977年『花とゆめ』11号
不思議の20日間…1976年『花とゆめ』19号
ヴェネチア風琴…1972年『ララ』9月号

『花とゆめ』コミックスの中では『青色廃園』に続く2冊目のコミックになるようです。うちにあるのはこれが一番古いということに。


君よ知るや南の国

1814年から1815年にかけて開かれたウィーン会議によってイタリアはオーストリアの統治下に入った。そして約30年後、1847年夏のおわり頃のミラノが舞台の物語です。
つつがなく幸せに暮らす勝気なミラノ貴族の娘ヴェレネ。オーストリアとイタリアの関係を深く考えたことのない彼女のところに突然現れた謎の若者、アントニオ・ディ・マリーノ。彼の行動は何かとスキャンダラスで目障りで、時には人の命をも奪うような暴漢でもある。なぜかヴェレネに関わってくるアントニオを、ヴェレネは冷たくあしらい軽蔑するのだけれど…。
アントニオを通して、イタリア人とオーストリア人の関係に目を向け、事実を認識しはじめたヴェレネの顔からは笑いが消えてゆく。そして、明らかになる自分とアントニオとの関係とは…。

++++++++

この1847年という年号が大事なんですよね。この翌年、1848年にイタリアではオーストリアからの独立を求めて各地で革命が起きます。(この年はイタリアだけではなくヨーロッパ各地で革命が起きている)その前哨戦はボチボチと起こっていたようで、そこに巻き込まれた少年がアントニオだった。一つの反乱の首謀者の息子であった彼は、両親の惨殺に巻き込まれはしなかったものの、その後17年を幽閉されて生きてきたのです。鉄格子の中で感じられるのは鉄格子の間から入り込んでくる香りだとか、鉄格子から差し出した手に受ける雨のしずくだとか…。ほんの些細な感覚だけが、外の季節や息吹を感じる手がかり。憎むことしか知らない人生。その中で、引き離され、貴族の養女として引き取られていったヴェレネの幸福だけを自分の幸せとして生きてきたアントニオ。国家間の争いの中で翻弄されたあげくに、あまりにも哀しい運命を背負った幼い少年に胸が痛んでならない。どんな思いで『君よ知るや南の国』と言う詩を読みうたったのか。真実を知ったときのヴェレネの慟哭が胸に突き刺さる。涙なくしては読めない物語です。
でも、ヴェレネには理解と包容力のあるマクシミリアンと言う人がいるようでそれだけが唯一ホッと出来るような…。絶望一色で終ってないのがいいですよね。
ちなみに、『炭焼き党』という秘密結社が出てくるけど一説にはフリーメイソンと結託していたとかなんとか。ここでは『カルボネリーア』とルビがふってありますが、『カルボナーラ』との関連は…定かじゃないそうです。

不思議の20日間

ま、通常の少女マンガでは、ロックバンドのボーカルあたりと恋に落ちたら、自分もそのロックバンドと運命をともにするとか、あるいは、ロッカーのほうが彼女のために栄光を捨てるとか、そう言う話が多いですよね。
それなのに、この物語は、ちょっと辛口。
迷い込んだ女の子はアリスと呼ばれ、バンドの七星(ひっせい)たちのところに住み着く。だけど、家族を思うアリスの、家族の代わりにはなれないとアリスの前から姿を消すのです。「僕はこの暗闇(アンダーグラウンド)を一生出られない」っていうのが、かっこいい。


ヴェネチア風琴

カーニバルのヴェネチアを舞台に、道化師のマルコと名家フォスカーリ家の少年ジェンティーレとの魂の触れ合いを描いた作品。

胸が詰まります。二人の…孤独感と寂寥感に圧倒されて。

生きていくことは
死につつあると
いうこと

道化は 知ってるのさ---

この世が
愚行の塊にすぎないってことを



ヴェネチアの衰退や、父親の事業の失敗を憂えながら、カンタレラ、マンドラゴラ、ベッラ・ドンナ…いろんな毒薬をお守りのように抱えて生きている若干17歳の少年。カーニバルの乱痴気騒ぎと喧騒の中、心の中に切ないほどの寂しさや虚しさが詰まっているジェンティーレ。
かたや、犯した罪によって自分の汚い内側を抉り出され、道化になって笑われ、そして笑っている世間を笑い返すことでなんとか生きてきたマルコ。
二人が惹かれあうのは当然だったのでしょうね。

父親が死んでしまい、絶望の中での最後の仮面舞踏会。そこでジェンティーレは何を思うのか。「二人で流れていこう、ジプシーのように」とマルコがいい、「一緒に行こう、マルコ」と答えるジェンティーレ。一夜の夢だったとしても、実現させる、そう言う道もあったのに。あまりにも哀しいラストに打ちのめされました。間違いなく名作中の名作です!


4048521721森川久美全集 12 (12)
森川 久美
角川書店 1991-03

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[ま行のマンガ家]森川久美 | Comments(5) | Trackback(1)
Comment
お返事遅れましてm(__)m
>みずきさん♪
森川久美、いいですよ~。わたしはシメールはもっていなくて(って、うちの森川本はすべて妹が買ったものなんだけどね)でも、なかなか古い本って手に入らないよね。だいたい、森川ファンあたりは、持ってる本を手放さないよ。
またひょっこり、森川本が届くかも。好きじゃないヒトにお勧めは出来ないけど、好きなヒトには押し付けてでも読んでもらいたい作品ですよ♪


>高さん♪
コメントはさせていただきましたが、あらためてお疲れ様でしたね。張り切ってお答えさせていただくので乞うご期待♪です!(笑)
森川作品、レビューアップのために読み返しています。改めてその物語の奥深さに唸らされています。
南京路が一番好きだったけど、他の短編こそ、森川さんの魅力が凝縮されているようにも感じますね!!
すごい!!名作ぞろいです!!
shortさん、こんにちは。
ついに来ましたね、森川久美。うれしいです。
つぎはぜひ「ヴァレンチーノ」シリーズを。あ、でも「南京路」も捨てがたいですね・・・おまかせ!

いま少女漫画アンケートが終わって、一生懸命「新・経験値」を作っているところです。
完成したらお知らせに来ますね~。
「シメール」
私は森川さんは「シメール」を随分昔に読みました。
それのせいでゲーテの「ファウスト」をがんばって読みましたよ(笑)
独特の雰囲気で好きでしたー
他のは読んだことがないので、今度読んでみたいです♪
あらまー!
千華さん コメントありがとうございます♪
未読ですって?
古本屋さんにあるのなら、ぜひともゲットされてはいかがですか?
ものすごく良い物語ばかりですよ。
切なくて哀しくて。泣けますよー。
と、誘惑する(爆)
ご都合主義って言う感じじゃないですね。たしかに。ここをこうしたらハッピーエンドなのに~!と、焦れそうなんですが、でも、森川さんが描くとラストはこれ以外にあり得ない!って感じです。
この切なさにみなさん、やられちゃうのねー。
今回読み返してみて、ますますこの良さがわかってきました。すばらしいですね、森川さん。そして森川さんをお好きな千華さんの感性も。
ビバ!森川さん
ああ、「ヴェネチア風琴」。
かなり初期の作品集ですよね。
私、実はこれ読んでいないんです。
古本屋さんでも、何度か見かけたんですが、何だか買い忘れてる…。
short さんの感想を拝見して、改めて読んでみたくなりました。
森川さんのマンガって、ご都合主義的な甘い部分が少ないんですよね。
きっちり現実が描かれているというか、世の中マンガみたいにうまくはいかないって、いつも感じさせられてしまう。マンガなのに…(笑)。
ステキな書評を読ませていただいて、感激しました。これからも、森川さんの作品、取り上げてくださいね。

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Trackback
shortさんからお借りした森川久美さんのマンガ「ヴェネチア風琴」。懐かしい雰囲気だな~~というか、もちろんこの本自体がかなり古いのですが、それ以上に、昔大好きだった森川さんの作品の匂いをすごく濃厚に感じることができて、とっても感動しました。森川さんのマンガ