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日本人なら知っておきたい日本文学 ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典/蛇蔵 海野凪子

2012年05月07日
4344020375日本人なら知っておきたい日本文学 ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典
蛇蔵 海野 凪子
幻冬舎 2011-08-25

by G-Tools



うまい!!

ご存知「日本人が知らない日本語」のコンビが送る、「古典文学」のテキストです。
日本人なら、中学までの国語を習ったら、誰でも一度は聞いたことがある、有名な古典文学の作者たちにスポットを当てています。
リストは
清少納言
紫式部
藤原道長
安部晴明
源頼光
菅原孝標女
鴨長明
兼好
そして番外編でヤマトタケル・・・
私も全然古典文学詳しくないので(百人一首は好きですが)源頼光とか、菅原のなんとな女とかって、
実はよく知らないですね~(^_^;)
でも、この人たちが本当~~~~~に、身近に感じられる、傑作エッセイなんですよ。この漫画!
私は割りと和歌系は好きだったので、暗記もまだマシだったんですが、
でも、随筆なんかを暗誦させられては、暗記できてなくて、先生にド叱られるという、悪夢のような古典の思い出。
こんなマンガがあったら、もっと暗記も前向きに挑戦したんだろうな~(イヤ、ホントよ)。
古典の学習ガイドなんかでも、本編よりも閑話休題みたいな、欄外のおもしろエピソードみたいな
そんなののほうが頭に入ってたりしてね。
この本って、まさにそんな感じ!
高校の古文の先生、ぜひとも授業で使うべきです!!!

面白かったのは、やっぱり菅原孝標女(すがはらのたかすえのむすめ)ですかね。
オタクっぷり、ハンパないんですよ。
「源氏物語」の全巻コンプリートをゲットしたそのときから、御簾に立てこもって、読む読む読む~!
その姿がまるで、ドラゴンボールを与えられた夏休みの小学生男子並だそうで(笑)
妄想癖もあったみたいで、人事とは思えない・・相通じるものがありすぎる~(爆)。
平安時代のお姫様なんて、ほんとうに遠い存在。
何を考えていたとしても、うちらとは全然違うに決まってると思い込んでたし
共通点があるなんて想像だにしませんでした。
目からうろこ!

他にも清少納言のぶった切りっぷりとか
紫式部の周囲迎合願望の強さとか
道長の躍進振りとか
ともかくあれもこれも面白いです。
これはこの著者おふたりの、手腕見事と申すなり~~~(*^_^*)

今ひとたび申し上げ候。
高校の古文の先生は、このマンガを授業で使うなり~~。(古文になってない?)
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[あ行のマンガ家]他 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
Re: はじめまして
AngieBXLさん、
せっかくお越しいただき、コメントをいただいたのに、お返事がすごく遅れてしまって申し訳ありません(>_<)
AngieBXLさんはブリュッセルにお住まいなのですね。
いま、そちらのブログを拝見しました。
リーダーに登録させていただきますね(*^_^*)
このコミックもそうなのですが、日本にどっぷりと浸かっていると分からない日本や日本のよさが
外から見たらよく分かるのかもしれませんね。
古典にも、今の私たちと通じる気持ちがこめられていると思うと
とっても親近感が沸きます。
玄侑宗久さんの『無常という力』も、鴨長明『方丈記』を現代になぞらえて紐解いているらしいです(未読ですが)
色んな解釈で古典に触れるというのも素敵です。
「うた恋」というコミックも、そんな風に、歌人をギャルやイケメン、ナンパ男などに仕立ててありますよ。

>してみると、我々がブログに書いた文章なんかも、もし千年後まで残っていたら文学になるのかも知れませんね(笑)


1000年か~~~
途方もない時間に思えます。
すごいですね、古典・・(って、そこ?笑)

お返事遅れて申し訳ありませんでしたが、懲りずに、またお越しくださいませ(*^_^*)
はじめまして
とあるマンガのキャラに入れ込みすぎて、あれやらこれやら色々あった挙句、現在ヨーロッパで暮らしている者です。そんなワケでブログタイトル(ドキッ、私のこと???)に思いっきり惹かれてやってきました。
でもマンガの話じゃなくてすいません。

この記事を読んで、その昔、橋本治の「枕草子 桃尻語訳」を呼んだときのことを思い出しちゃいました。この本、ご存知でしょうか? 当時は「清少納言は平安時代のイケイケOLである」という発想にひっくり返った覚えがありますが、言われてみれば確かにその通り…。あれ以来、百人一首に入っている清少納言の歌『世をこめて とりの空音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ』が、「(函谷関の門は鶏の鳴きまねで開いたかもしんないけど)、あんたなんか徹夜で鶏の鳴きまねしたって、あたしんちの門は開けないわよ!」と読めてしかたがない。
紫式部の清少納言に対する誹謗中傷とかもそうだけど、こういうのが千年経つと文学になるんですねぇ。時を経るってのはスゴイことなんだなぁと思います。

してみると、我々がブログに書いた文章なんかも、もし千年後まで残っていたら文学になるのかも知れませんね(笑)

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